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「スーパーセンターオークワ中津川店」へ行ってきました [スーパーの原点]

「主婦の店大垣店」が1957年(昭和32年)年5月3日、岐阜県大垣市林町にオープンしました。

日本で最初の「主婦の店」という名前のスーパーマーケットです。

「主婦の店」1号店の「主婦の店大垣店」に続き、1957年7月10日に2号店「主婦の店青森三沢店」、7月20日に福岡市に3号店「丸和フードセンター」の別館、10月9日に岐阜市加納に4号店「主婦の店加納店」がオープンしました。

080310主婦の店加納店 (コピー).JPG
~ 2010年に廃業した「主婦の店加納店」、2008年3月10日撮影。

日本各地で「主婦の店」という名前のスーパーマーケットが次々と誕生した現象は「主婦の店運動」と呼ばれ、「主婦の店」は当時、スーパーマーケットの代名詞だったそうです。

「主婦の店運動」には系統がいくつかありましたが、 吉田日出夫さんが率いたボランタリーチェーン「主婦の店スーパーマーケット全国チェーン」 (「風車系主婦の店」チェーン)が最大規模でした(※注②)。

(注※①)
風車がシンボルマークだったので「風車系主婦の店」と呼ばれたそうです。

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~ 2011年に廃業した「風車系主婦の店」の「主婦の店エマ店」、長野県木曽郡上松町で2008年3月18日撮影。




吉田日出夫・著「スーパーの原点」(評言社、1982年4月発行)と「風車と共に―主婦の店運動25年」(主婦の店スーパーマーケット全国チェーン、1982年4月発行)を参照すると、岐阜県東濃地域が「風車系主婦の店運動」の中心的な地域だったそうです。

東濃地域にある多治見市、土岐市、瑞浪市、恵那市および中津川市の5市にオープンした「風車系主婦の店」は次の通りです。

 ・主婦の店多治見店、1958年 4月 1日開店(撤退)
 ・主婦の店恵那店、 1958年 9月12日開店(現在「バロー」)
 ・主婦の店瑞浪店、 1958年12月 1日開店(撤退)
 ・主婦の店土岐店、 1958年12月12日開店(現在「サンマート」)
 ・主婦の店中津川店、1959年 5月27日開店(現在「スマイル」)

この5店舗の「風車系主婦の店」の中でリーダー役だったのは、東濃地域で最初の主婦の店「主婦の店多治見店」だったそうです。

吉田日出男さんは「主婦の店多治見店」について、前出の「スーパーの原点」に次のように書いています。

そしてスーパーマーケットの代名詞が「主婦の店」であると思われたぐらいだから、主婦の店本部への開店指導を求めるものは多かった。・・略・・昭和三十三年四月に、岐阜県多治見店が開店した。この計画者は日専連(注:日本専門店連盟)の会員で、金山さんという前は洋服店をやっていた人であったが、全面的に切りかえた。ここは二百坪というそのころとしては非常に大きな陶器倉庫を改造した店舗であった。この開店の時にオオクワ(※注②)の社長大桑勇氏が見えて、「私もぜひ主婦の店をやりたい、ぜひ指導して欲しい」と申し出る、というようなことがあった。・・・同書142ページより引用。

(※注②)後の「主婦の店新宮店」で、現在の株式会社オークワ(本社:和歌山市)のことです。




さて、2016年8月12日(金曜日)の午前11時頃に、「スーパーセンターオークワ中津川店」へ行ってきました。

160812スーパーセンターオークワ中津川店①、全景 (コピー).JPG
~ 岐阜県中津川市茄子川1701番1。

7月22日にグランドオープンした「スーパーセンターオークワ中津川店」は、株式会社オークワ(本社:和歌山市)が直営する食品スーパー、ホームセンター、ドラッグストアがワンフロアに配置されたワンストップショッピングが可能な店舗です。

「スーパーセンターオークワ中津川店」と競合すると思われるのは、かつて盟友だったバローグループ(旧「主婦の店恵那店」)が運営する「バローホームセンター中津川坂本店」、「バロー坂本店」、「Vドラッグ坂本店」、同じくかつて盟友だった株式会社スーパーチェーン主婦の店中津川が運営する「スマイルなすび川店」です。

160812スーパーセンターオークワ中津川店②、バローHCが見える (コピー).JPG
~ 「バローホームセンター中津川坂本店」の看板「Valor」が遠くに見えます。

食品を取り扱う小売業は今、デパート、スーパーマーケットだけではありません。

従来の業態の垣根はなくなり、コンビニエンスストア、ホームセンター、ドラッグストア、家電量販店なども食品を小売しています。

「スーパーセンターオークワ中津川店」のオープンにより、かつて「風車系主婦の店」運動が盛んだった岐阜県中津川市~恵那市における食品小売業の勢力図がどう変わるのか、とても気になります。





屋号「ダイエー」が消える (ダイエーの第二の創業) [スーパーの原点]

イオン株式会社の連結子会社の株式会社ダイエー(本社:神戸市中央区)は2014年11月26日、「新生ダイエーグループ始動にむけて」と題したニュースリリースを発表しました。

このニュースリリースを読むと、9月24日に発表されたイオンによるダイエーの完全子会社化が11月26日開催の臨時株主総会において承認されたことを受け、ダイエーは12月26日付けで株式会社東京証券取引所における上場を廃止し、2015年1月1日にイオン株式会社の完全子会社となって、新たな一歩を踏み出すそうです。

「再生から成長へ」、「第二の創業として始動」。

140706ダイエー金山店① (コピー).jpg
~ 2014年7月3日にグランドオープンした「ダイエー金山店」、2014年7月6日撮影。




さて、1957年(昭和32年)9月23日に大阪市京阪電鉄千林駅前に、「主婦の店ダイエー」(株式会社主婦の店ダイエー本店大阪)が開店しました。

「ダイエー」の第1号店です。

「中内功※回想録」(流通科学大学・編/発行、2006年9月)によると、「主婦の店ダイエー」1号店は、

 ・店舗面積 : 97㎡ ・社員数 : 13名
 ・取扱品目 : 化粧品・薬品・雑貨 ・初日売上高 : 28万円

だったそうです。

(※:中内功の‘功’は正しくは右辺が‘刀’です。)

「主婦の店ダイエー」(1970年3月に株式会社ダイエーに社名変更)は、1972年に売上高で三越を抜いて小売業日本一となりました。

スーパーマーケットが百貨店を抜いたのです。

日本のスーパーマーケット発達史において、中内ダイエーは多くの金字塔を打ち建てましたが、屋号「ダイエー」は2018年度をめどに消滅するそうです(ダイエーという会社名は残る)。

前出の11月26日付のダイエーのニュースリリースには、

~新生ダイエーグループは「第二の創業」と位置づけ、真の成長を果たしてまいります~

とありますが、「第二の創業」者の顔がよく見えません。

ダイエー創業者の中内功さんが1970年(昭和45年)、主婦の店スーパーマーケット全国チェーン会長(当時)の吉田日出夫さん宛てに書いた手紙に次の行があります。
____________________________________________________________

次のような手紙を中内功さんからいただいた。

(略) 前略、ありがとうございました。 (略)

十二年前、小生がスーパー業界へ身を投じて以来、
いろいろ先輩として御教示いただいたことをあつく感謝しております。

いよいよこの国もスーパーマーケットの時代が開幕されようとしております。
先生の理想と現実とが一致しようとしていることを肌で感じております。

主婦の店の社名は時代とともに消え去りましたが、
創業の精神として末永く忘れない様にしたいと存じます 匆匆
(略)

株式会社主婦の店ダイエー 代表取締役 中内功
_____________________________________________________________

吉田日出男・著書「スーパーの原点」(1982年4月、評言社発行)の161ページより引用しました。




岐阜県大垣市、スーパーマーケット「主婦の店」発祥地です 〔昔、「主婦の店大垣店」というスーパーが大垣駅北口にあった〕 [スーパーの原点]

昭和32年(1957年)5月3日、岐阜県大垣市林町2丁目(大垣駅の北東)にスーパーマーケット「主婦の店大垣店」がオープンしました。

141021コメダ大垣林町店(林町1-1-1).JPG
~ スーパーマーケット 「主婦の店大垣店」は既になく、跡地付近には現在、珈琲所「コメダ珈琲店大垣林町店」があります。

スーパーマーケット「主婦の店」1号店の誕生です。

「主婦の店大垣店」が発行した昭和32年(1957年)5月3日付の「主婦の店新聞大垣版(第1号)」を参照すると、スーパーマーケットについて次の説明が載っています。


スーパーマーケットとは「超廉売市場」の意味で、セルフ・サービス(※)をとり入れた食料品や日用品、台所用品などの総合店のことです。 ※店員が売場にいなくても、お買物が自由に出来るように陳列され、各商品に値段が付いていますので、お好みの品を、お気軽に自由に選択出来るようになっています。


ボランタリーチェーンの「主婦の店スーパーマーケット全国チェーン」の会長職にあった吉田日出夫さんが書いた「スーパーの原点」を参照すると、中心商店街から離れている「主婦の店大垣店」の初日の売上高は、目標10万円に対して36万円と好調なすべり出しだったそうです(同書121ページ参照)。




さて、2014年10月21日(火曜日)の午後、岐阜駅から東海道本線下り快速「大垣行き」に乗り、大垣駅へ行ってきました。

大垣駅の北口を出ると、総合スーパー「アピタ大垣店」がキーテナントの「アクアウォーク大垣」があります。

141021大垣駅北口①、アクアウォーク大垣.JPG
~ 大垣駅北口から「アクアウォーク大垣」まではアクアブリッジがあり、雨の日でも傘なしで歩くことができます。

「アクアウォーク大垣」の南隣の「大垣駅北ショッピングモール」に、大黒天物産株式会社(本社:岡山県倉敷市)が運営するメガ・ディスカウント「ラ・ムー大垣店」が2014年10月9日にオープンしました。

141021大垣駅北口②、ラ・ムー大垣店.JPG
~ メガ・ディスカウント「ラ・ムー大垣店」(大垣市林町6丁目80番地55)。

「アクアウォーク大垣」に加え「大垣駅北ショッピングモール」がオープンしたことで、スーパーマーケット「主婦の店大垣店」がオープンした当時は中心商店街ではなかった大垣駅北口エリアの集客力がさらにアップしたと思われます。




吉田日出夫さんのこと [スーパーの原点]

1957 (昭和32)年5月3日、
スーパーマーケット 「主婦の店大垣店」が
岐阜県大垣市にオープンしました。

日本で最初の 「主婦の店」です。

「主婦の店大垣店」に続き、
日本各地で 「主婦の店」という名前の
スーパーマーケットが次々と誕生しました。

この現象は
「主婦の店運動」と呼ばれ、
「主婦の店」は当時、
スーパーマーケットの代名詞だったそうです。

「主婦の店運動」には、
系統がいくつかありましたが、
吉田日出夫さんが率いた
「主婦の店スーパーマーケット全国チェーン」
(風車系 「主婦の店」チェーン)が
最大規模でした。

吉田日出夫さんは、
日本で最初のスーパーマーケット (*注①)と言われる
「丸和フードセンター」を1956 (昭和31)年3月10日、
福岡県小倉市 (当時)に開設した方です。

(*注①)
 1953 (昭和28年)12月に開設された 「紀ノ国屋」が
 日本で最初のスーパーマーケットだという説もありますが、
 スーパーマーケットを 「セルフサービス方式およびキャッシュ&キャリー
  (C&C、現金&持ち帰り)方式を採る総合食料品店」と定義すると、
 「丸和フードセンター」が日本で最初のスーパーマーケットになると思います。

私は、
吉田日出夫さんのことを調べるために
いろいろな流通関係の本を図書館で借り、
読みました。

しかし、
大学教授などの学者が書いた本には、
吉田日出夫さんについての記述は少なく、
詳しい記述があったのは意外な本でした。

それは、
ジャーナリスト、ノンフィクション作家の
佐野眞一さんが書いた

「カリスマ」 ~中内功とダイエーの「戦後」~

という本です。

カリスマ―中内功とダイエーの「戦後」

カリスマ―中内功とダイエーの「戦後」

  • 作者: 佐野 眞一
  • 出版社/メーカー: 日経BP社
  • 発売日: 1998/07
  • メディア: 単行本


佐野眞一さんは、
「カリスマ」のなかで、
吉田日出夫さん、「丸和フードセンター」について
次のように書いています。

戦後流通史のなかで、丸和はある意味でダイエー以上に特記すべき存在だった。客が商品を入れるカゴを開発したのも、入口と出口を完全に分けたアメリカ流のスーパー方式を、入りにくく出にくいという客の苦情を聞いて間口を全面オープンにしたのも、中身がみえ、しかも経費があまりかからぬよう紙袋の真ん中にセロファンの窓をつけるなどの工夫をしたのも、すべて丸和だった。 (同書180ページ)

さまざまな “日本型スーパー”のノウハウを開発し、“主婦の店運動”を起こして全国の小売業者に強烈な衝撃を与えた吉田は、その華やかな前歴とは裏腹に、晩年はきわめてさびしいものだった。 (同書181ページ)


110514吉田日出夫.JPG
~ 吉田日出夫さんをよく知る方からいただいた色紙です。

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「バロー 恵那店」、~風車系 「主婦の店」~ [スーパーの原点]

1952年(昭和27年)5月3日、岐阜県大垣市林町に「主婦の店 大垣店」がオープンした。

日本で最初の 「主婦の店」で、この店を皮切りに「主婦の店」と名のるスーパーマーケットが日本全国で続々と生まれた。この現象を「主婦の店運動」と呼ぶ。

「主婦の店運動」には複数の系統があったが、その一つが 風車系 「主婦の店」である。岐阜県東濃地方 (*注①)は風車系 「主婦の店」運動が盛んな地方だった。

(*注①)東濃地方とは、岐阜県の東南部に位置する地方 (圏域)で、多治見市、土岐市、瑞浪市、恵那市、中津川市の5市がある。

東濃地方にオープンした‘風車’をシンボルマークとして掲げた風車系 「主婦の店」は、古い順に次の通り。

・1958 (昭和33)年 4月 1日 「主婦の店 多治見店」
・1959 (昭和34)年 9月12日 「主婦の店 恵那店」
・1959 (昭和34)年12月 1日 「主婦の店 瑞浪店」
・1959 (昭和34)年12月12日 「主婦の店 土岐店」
・1960 (昭和35)年 5月27日 「主婦の店 中津川店」

この5店の中で、今も営業を続けているのは恵那店、土岐店および中津川店。

しかし、店舗名は変わっている。

・「主婦の店 恵那店」 →→ 「バロー」  
・「主婦の店 土岐店」 →→ 「サンマート」
・「主婦の店 中津川店」 → 「スマイル」  

この3社の中で現在、会社規模が最も大きいのが「バロー」。

110302バロー恵那店②.JPG
~ 「バロー恵那ショッピングセンター」の屋上に大きな看板がある。

運営しているのは、株式会社バロー (本部:岐阜県多治見市)。

スーパーマーケット、ホームセンターなどバローが開設している事業所の数は、201店舗 (2011年4月6日現在、バローのホームページを参照)。




さて、バローの社長、田代正美さんが約30年前の1981 (昭和56)年10月2日に行われた「主婦の店スーパーマーケット全国チェーン」のAPASG (アパッチ・二世会)メンバー (*注③)による記念座談会において次のように発言している。

(*注③)「主婦の店スーパーマーケット全国チェーン」には、 APASG (Adult President Succession Group)という二世会があった。

もう一度、当初、主婦の店を創業された方の原点のとらえ方というものを、あのパイオニア的精神に、むしろ立ちもどるべきなんじゃないかと考えているわけです。この間も、ある店をスクラップしました。それは昔からの店ですけれど、当時、あのような店を作るということはすごい革命的なことだと思うわけです。

…略… 小売りというものは環境が変わればすぐに変わります。そこで、今の時点における事業とはどんなものか、というところで考えていくことが、むしろ主婦の店の精神を生かすことにつながってくるのでなはいかという意見です。

※「風車と共に-主婦店運動25年」の76ページから引用しました。

風車と共に―主婦の店運動25年 (1982年)

風車と共に―主婦の店運動25年 (1982年)

  • 作者: 主婦の店スーパーマーケット全国チェーン
  • 出版社/メーカー: 主婦の店スーパーマーケット全国チェーン
  • 発売日: 1982/04
  • メディア: -


110302バロー恵那店①.JPG
~ 3月2日 (水曜日)に撮影した写真です (上記の写真も)。

スーパーマーケット 「バロー 恵那店」、1971 (昭和49)年4月に開設された旧 「バロー 恵那店」を解体し2010年11月18日 (木曜日)に新築オープンした店舗。

☆「バロー 恵那店」 (バロー 本店)
  (岐阜県恵那市大井町180-1)





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