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「楽々園」の建物(御書院・地震の間・雷の間・楽々の間)〔滋賀県彦根市〕 [彦根めぐり]

江戸時代に「槻御殿(けやきごてん)」と呼ばれた彦根藩の下屋敷は現在、庭園部分が「玄宮園」、建物部分が「楽々園」と呼ばれています。

「玄宮園」は現在、回遊式庭園として一般開放されています。

170702彦根めぐり43、玄宮園 (コピー).JPG
~ 「玄宮園」にある魚躍沼(ぎょやくしょう)畔から対岸の臨池閣(りんちかく)、鳳翔台(ほうしょうだい)、その先に彦根城天守が見えます。

一方、「玄宮園」とともに彦根藩4代藩主・井伊直興により延宝5年(1677年)から2年を要して造営された「楽々園」は、11代藩主・井伊直中の隠居時に大規模な増改築が行われ、現在残っている建物の約10倍の規模だったそうです。

170702彦根めぐり44、玄宮園(楽々園) (コピー).JPG
~ 魚躍沼畔から臨池閣と「楽々園」にある御書院が見えます。

「楽々園」にある建物は老朽化が進んできたため、平成17年度から楽々園保存整備事業に着手し、平成24年度に御書院の全解体修理が完了しています。全体整備はまだ途中ですが、これまでに整備された玄関、御書院内部が2017年6月24日から7月2日まで特別公開されました(無料)。

※ここまで、彦根市教育委員会作成の指定文化財解説シートなどを参照しました。




さて、2017年7月2日(日曜日)の午前10時40分頃に、「楽々園」へ行ってきました。特別公開されている御書院内部の2度目の観覧です。

170702彦根めぐり36、楽々園(御書院と地震の間) (コピー).JPG
~ 御書院の前に広がる枯山水の庭園。

御書院から地震の間(御茶座敷)、楽々の間(煎茶の茶室)などが見えました。

170702彦根めぐり38、楽々園(地震の間) (コピー).JPG
~ (左から)地震の間(御茶座敷)、雷の間、楽々の間(煎茶の茶室)。

地震の間(御茶座敷)は、重心が低く設計されている耐震構造になっています。

170702彦根めぐり39、楽々園(地震の間) (コピー).JPG

170702彦根めぐり40、楽々園(地震の間の模型) (コピー).JPG
~ 御書院の玄関を入ったところにあった地震の間の模型。

保存整備工事に未だ着工していないと聞く煎茶の茶室「楽々の間」にとても興味があります。保存整備工事が完了し、内部が特別公開される日が来るのが待ち遠しいです。

170702彦根めぐり41、楽々園(楽々の間) (コピー).JPG

☆ 「楽々園」(滋賀県彦根市金亀町3-40)
☆ 2017年7月2日 (日曜日)午前10時40分頃入館





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